私の住む環境は
本当に恵まれた自然の中に有りますが
もし、この環境が自分にはないからと
比較され、間脳を感じられないと
思われる方もおられるのかもと、、、
確かに外見から見るとそうですが
すでに私はそういう環境にないと
思われること自体が
大脳が間脳への誘導を
妨げる要因になってるそうです。

ふじ撫子は自分から好んでこのよう場所に種をまきちらしてピンク色の花を咲かせ、大和撫子の由来を垣間見ます。
他人との比較や無いものねだりは
大脳の巧妙な手口だと。
身の回りを見回すと大都会の中にも
街路樹が紅葉し、
ブロック塀には雑草が根付き花を咲かせ
生命のたくましさを教えてくれてるはず。
大自然の中では気づかない小さな自然が
沢山あると思うのです。
ただ、忙しさや責任感に追われて
気付いていないだけなのかもしれません。

パンジーのこぼれ種が煉瓦と石の間に根を張っています。これ以来我が家ではこのパンジーだけを愛でています。
今を見つめると周りが見えてきます。
お米も水もあります。
今日もお風呂にも入れます。
にこやかに笑っている子供がそばにいます。
それだけで十分ではないでしょうか。
私と2歳の孫の散歩中の一コマですが
私の説明がなければ
見る人には悲しい別れにも
見えてしまうかもしれません。
その捉え方の違いこそが苦痛の始まりであったり
希望への道だったりと、、、
実はこの場所で拾った
松ぼっくりの汚れを落としているシーンです。
この記事へのコメントはありません。